×をつけてはいけない (小学校の掛け算教育を例として)


11月15日の朝日新聞「声」欄に、4人に色紙を5枚ずつ配ると何枚になるかという文章題に対する掛け算式は5x4と教えられていて、4x5は×になるとのお父さんの投書があった。このお父さんはどちらでも良いと考えているのだが、学校で×を付けられることを気にするお母さんとの間に悶着が生まれてしまったというのだ。継いで21日には現場の教諭からの投稿があって、4x5は4つを5倍するという意味があり、この文章題で4x5とすると4人の5倍だから20人になってしまって、問題の文章題に対して“論理的に”忠実でないとの説明があった。こんなところにも議論の種があることに先ず驚かされたが、なおざりに出来ないものが含まれているように思う。

確かに、掛け算を最初に学ぶ入り口では5つの4倍として5x4と教えるのが良いであろう。しかし少し考えが進むと、トランプを配るときのように4人ごとへの4枚の組みが5つあるとしても正しい答えにたどり着くことに気がつく。ある生徒が4枚配ることを5回繰り返すと思考をしたとすれば、それは教科書に縛られることなく自分の頭で考えている証拠なのだから、先生は、良くそういうところに気がついたねと褒めることこそすれ、×をつけてはいけない。むしろ、早くそのようなことに気がつくようにすべきなのである。学校の先生の投書にあったように、4x5では4人x5=20人になってしまうではないかというのは屁理屈でしかなく、それはマニュアル人間への道、思考の固定・停止を要求するものになってしまう。子どもの頭の中に4行5列あるいは5行4列の升目のイメージが作られ、両者は同じことなのだ考えるようになり、継いで一般的にmn列の升目のイメージに発展すれば応用が拡がっていく。こうして、具体的な個々のケースに制約されない抽象化された思考という算数(数学)の要諦が涵養されていく。
  4x5
として×をもらった子どもが先生不信、算数嫌いになっても不思議はないが、それが今の学校教育だとしたら、もはや教育になっていない。むしろ学校の誤りと乱暴から防御するためのケアが必要になるわけで、笑い話で済ませるわけにはいかない。そして、このような些末だが一方的な教育姿勢が学校の側にあり、子どもの成績を気づかうお母さんとおおようなお父さんの間に不協和音を生む原因にまでになっているとすれば、それは社会悪にさえなっている。

似た話は以前の声欄にもあった。物の影が動いていくことを、低学年ではお日様が動くためだと教えているらしい。少し勉強が進んだ子どもが地球が回るためだと考え、お日様が動くという選択肢はむしろ誤りとして選ばないのだが、それで×になるのだという。似た例はいくらでもあるようだ。私の知人は、子どもが×をもらってきた答案用紙を見て、間違いではないから気にするなと云わなくてはならないことが少なくないという。こんな状態では先生も形無しだ。しかも多くの場合個人としての先生の責任ではないから気の毒だ。

今政府与党は教育基本法を見直おそうとしている。しかし、上記のようにいろいろある思考形式の一つでしかないモノを押しつける教育と教育基本法の見直しとはつながっているように見えて、大変心配である。今緊急に見直さなくてはならないのは、とりあえず問題の無い教育基本法ではなく、このような偏った教育・幅広い思考を妨げる教育そのものではないだろうか?考え方はいくつもあり得ること、筋道を正しく考えれば正しい答えに行き着くことをこそ教えて上げて欲しい。教科書が教えたとおりに考えないといけないなどと、一つの考え方だけを押しつけてしまわないことを文部科学省に求めたい。

しかし、子どもの教育を国に期待し任せてはおけないことを私たちは知っている。今国が総力をあげて取り組んでいるのは日本の経済成長であり、それに役立つ人材は競争原理を通して選別されてくる仕組みに頼っているので、むしろ学校には従順な国民を育てる機能がより強く要求され、教育の指導要領に忠実な先生に教えられる素直な子ども達という構図が重要なのである。だから、子どもへの教育効果の配慮を巡らせることなく、平気で×をつけることができる。このような状態の中では、子どもの教育に最終的に責任持つのはやはり自分達でしかないことを、お父さん・お母さんは理解しなくてはならないだろう。学校の先生に×を付けられる不快と成績点の低下を嫌って当面をやり過ごすことは、子どもへの教育を過つ共犯者になってしまう。今となってはお父さん・お母さんは、学校の教育を監視するくらいの姿勢をとる必要があるのではないかと思う。それはあまり美しくない行為に見えるが、現実が”美しくない”のだから仕方がない。

実は、上に引用した11月15日と21日の声欄投稿に対応して投稿を行ったのですが、二回とも没でした。そこでその時の文章に少し手を加えてこのホームページに掲載させてもらった次第です。学校教育で偏って一方的に教えられている同じような事例を集めようとしているので、お気づきのことがあったら、office@sts.or.jp に情報を寄せていただければ幸いです。   (文責:伊藤泰男)