人々の説得性は「人々の文化」にどれ程影響されるか

―多粒子モデルによるシミュレーションー

大西 輝明1,2、アウレリア・ヴィケス1

1: ACCVC, 環境エネルギーテレコミュニケーション省、コスタリカ

2: 非営利活動法人科学技術社会研究所

 一見不確かで推計学的な取り扱いしかできない現象を「科学的」に解明しようとする試みは、わが国では寺田寅彦の時代からなされてきた。これは近年の複雑系科学への注目とともにかなりの程度、理解が深まった。人々の行動パターンや心の動きなどを数理的にモデル化しようとするのも、こうした試みのひとつである。当論文では「説得効果」が説得対象層の文化に依存してどのように異なるものであるかを多粒子モデルによってシミュレートした。さらにこのモデルを用いて、特定の文化を共有する少人数の人々を対象に説得活動を行う場合、説得者の“説得強度”や“説得時間”の変動がいかに人々の意識に離合集散をもたらすかを、コスタリカ人の場合について例示した。

 人々の行動や心理の揺らぎは、物理的にはActive Brownian Particleによって記述できる。こうした揺らぎの程度と「人々の文化」とを結びつけるために、すなわち、粒子の運動を記述するランジュバン方程式の係数値の決定に際して、当論文ではホフステッド数を導入した。ホフステッド数とは権力格差度、個人主義度、不確実性回避度、および男性度の四つの独立ディメンション(変数)の各変数値を0から100までの値にとり、各国ごとにこれらの数値を同定したものである。当論文では例として1000人の集団からなる社会を考慮し、この社会に集団構成員と同一価値観を有する、または相対する価値観を有する説得者(または説得を意図するメディアなど)が導入される場合、人々の心理や態度はこの説得者にどのように反応するかをシミュレートした。人々の反応は各国(各文化)ごとに異なり、その程度は速やかで統一的な反応を示すギリシャタイプから、充分な時間の経過後であっても心理的な統一には至らないシンガポールタイプまで、いくつかのタイプに分類できることがわかった。

 当該モデルは変数変換によって任意の人数の社会にも適用できる。ここでは30人の構成員からなるコスタリカ人社会を想定し、この社会に特定事項に関する説得を意図して(2〜3年間の)短期間だけ説得者が導入された場合の人々の意識の時間変容を調べた。説得者の説得の強さが強い場合には、人々の心理は短期間で説得者の意図の近くに凝集するが、心理の揺らぎは極めて大きく、説得者が退去した後には人々の心理は互いに急速に発散した状態になることがわかった。一方、弱い説得では人々の心理を十分に凝集させることは困難であるが、一旦凝集した人々の心理は説得者の意図に寄り添い、説得者の退去後の発散程度も弱く、(例えば、パンフレットなどの宣伝媒体や具体的な提唱者などの)“アトラクター”が存在する場合には、説得者が不在状態であっても説得者と同一意図を持ち続けることができるなども明らかとなった。

 こうした知見は開発途上国におけるNGOなどのボランティアによる知識や技術の伝達活動の方法論に示唆を与えるものである。また歴史的には、ナチズムや社会主義の崩壊、チトー大統領後のユーゴスラビアの分裂など、説得者と対象社会との(時間とともにしだいに大きく成長した)価値観の違いとそれらの社会の帰結とに関して、数理社会的側面からひとつの解釈を与えうるものである。